言の葉さらさら

作品の書庫です。 *リンクフリーではありません。                   転載・コピーはご勘弁ください*                                       

優しい時間 (連載8) 最終章

私は今、温かな家に戻って何も知らないヒデちゃんの両親や友達に囲まれて
笑って日々を過ごしている。
これが私の場所なんだって彼の映るテレビを観ながらそう思う。



「彼女いますか?」

司会者の質問に彼は笑顔で答えている。

「いますよ。俺、わりかし別れてもちゃんとすぐ出来るタイプですから。
いや〜最近ふられちゃいましてね。でも大丈夫ですよ。
もうしっかり新しい彼女できましたから。」


ヒデちゃんが横目で私を心配そうに見ているのがわかった。
私はわざと大きな声で

「あんなこと言ってるよ。まったく」と笑って見せた。

ここが私の居場所。はじけたシャボン玉は元には戻らない。
でもここはシャボン玉の中なんかじゃない。
どんなに夢を語り合っても弾けたりしない。


<これでよかった。これでよかった>
そんなふうに自分に言い聞かせなくていい日がいつか来ることを信じて
私はテレビの中の彼にさよならを告げた。

                          


あの日……
私はヒデちゃんの運転する車の助手席で本当に泣きもせず、
まるでいつものドライブの帰りかなにかのような顔で
CDから流れる今井美樹の歌なんか歌いながら帰っていった。
そう私のホントの居場所に。

帰るなりヒデちゃんは、早速おじさんにどつかれていた。

「まったく、いくつになってもヒデの野郎はーーーーー2日も無断でぇーーー」

でもおじさんはヒデちゃんの後ろの私を発見すると

「なんでぃ!そういうことか、おまえらぁ。ユウちゃんとこ行ってたのか」

「おじさん、ごめんね。ヒデちゃん借りちゃって」

私はペコリと頭を下げた。

「いいってぇことよ。おい!かあちゃん。ヒデの野郎がユウちゃんとな〜〜〜」

「おやじぃ〜近所に丸聞こえじゃねぇかよ」

「いいじゃねぇかよ、なぁユウちゃん」

私は温かなこの場所なら2年半前に戻れるような気がして
やっと安心して涙がこぼれた。

「お、お、ユウちゃん。どうした?ヒデの野郎がなんかしたのかぁ。この野郎ぉ〜」

おじさんはヒデちゃんをおもいっきりゲンコツでぶった。

「勘弁してくれよぉ〜おやじぃ」

あまりの騒ぎに中からおばさんが出てきた。

「なに店先でやってるんだい!お前達は。あら、ユウちゃん、お帰り」

私は自分の実家に帰ることも忘れて泣きながら笑った。
頭を押さえて「痛てぇよ」って膨れるヒデちゃんと「このバカたれぇ」って
どつくおじさんとそれを笑ってみているおばさんと・・・私。



ここが私の選んだ場所。
優しい関係がたくさん詰まった大事な場所。


                      お し ま い ♪  








最後までありがとうございました
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優しい関係 (連載7)

あれから私はぐっすり眠った。
ヒデちゃんによって開けられたベランダからの風と
ヒデちゃんが温めてくれたブランディー入りのミルクのおかげで
私は次の日の朝までぐっすり眠った。
汗で額に張り付く前髪を時々ヒデちゃんがかき上げてくれるのを
微かに感じながら。
私は目を覚ますのが怖くて気が付いていたけれど
しばらく目をつぶったままでいた。
差し込む朝の光を瞼の奥に隠して、ギュッと目をつぶったまま
ベッドに潜っていた。
けれど私はノソノソと起き出して、心配するヒデちゃんに笑顔を向けて
シャワーを浴びた。[彼が来る]そんな予感に心が動いた。
そして彼が似合うと言った水玉模様のワンピースを私は着た。
私はかなり無理をしていたので彼の誕生日の買い物に行くことはできなかった。
それでも彼が来た時に綺麗な私でいたかった。


昼過ぎ彼は突然に現れた。
かなり酔ってマネージャーさんに担がれるようにしてドアを開けて入ってきた。

「寝かせてくれよ」

それだけ言うと彼はベッドに倒れこんだ。

「すみません」

マネージャーさんが彼の代わりに頭を下げた。

「いえ……」

私はただ立ち尽くしていた。

「すみません。今夜、生出演があるので少ししたらお迎えにあがります。
それまで寝かせてあげてください。ゆうべは友達と誕生パーティとかで
朝まで騒いだようで、そのまま朝の番組出ちゃって。
1回寝ないと今夜の番組までもたないって思って局に近いこちらに
お連れしました」

「ありがとう」

私はいつもの笑顔でマネージャーさんに頭を下げた。


マネージャーさんが帰っていくとヒデちゃんはそっと言った。

「ユウコ、俺帰るわぁ」

ヒデちゃんはそう言うと黙って靴を履いて、振り向きもせずドアに手をかけた。
私は心細さでいっぱいになった。ヒデちゃんの背中をはじめて見た。
こんなに大きかったんだってぼんやりと思った。
ヒデちゃんがドアを開けた瞬間私は言っていた。

「連れて帰って・・・」

驚いたヒデちゃんが振り向いた。

「アイツ……来たね。待ってたらちゃんと来たじゃないか。
おまえの思い過ごしだよ。ちゃんと愛されてるじゃないか」

「違う。連れて帰って」

私は寝室のドアを見つめて言った。
ヒデちゃんは黙って靴を脱いで部屋に戻ってきた。
私はもう一度言った。

「連れて帰って」

ヒデちゃんは黙ってうなずくとソファーに腰掛けて煙草に火をつけた。


私は彼が目を覚まさないようにそっと小さな荷物を作った。
そして何度も何度も彼の寝顔を覗いては動かない足をヒデちゃんのいるリビン
グへと動かした。
小さなトランクを下げた私を見てヒデちゃんは

「ホントにいいのか?こうして来てくれたのに
このまま行っちゃっていいのか?せめて目が覚めて話をしてからのほうが
後悔しないと俺は思うけど。俺なら待ってってやるから」

「……会ったらまた繰り返すよ。彼が優しい言葉で私を惑わす。
また私は期待して彼にどんどんひどいこと言っちゃうかもしれない。
怖いよ・・・」

私は怯えていた。彼が好き。会えば離れたくないに決まっている。
でもこのままでは私はきっと自滅してしまうことがわかっている。
怖かった。彼を待つ私が怖かった。こんなにも待って、待って
やっと来てくれた彼が私のところにいるのに。
また行ってしまう彼をひとりで待つのが怖かった。
そうしてまた彼はなんでもなかったようにこうして私の元にやってくる。
私はその瞬間すべてを許して彼を迎える。
そしてまた……今までだってそんな繰り返しが私を壊していった。


「ヒデちゃんがいてくれてよかった」

私はヒデちゃんに向かってとびっきりの笑顔を見せた。

「ユウコ」

ヒデちゃんは大きなため息をついた。


寝室で彼は私とヒデちゃんの話を聞いていたかもしれない。
でも引き止める気は無かったと思う。迷いは無かっただろう。
彼は私の人生に責任は持てないと思ったに違いない。
このまま私が黙って彼を受け入れるのならきっと何事もなかったように
続けていくのだろう。

そんな彼を待って暮らしていくには、今の私の弱った心では
無理だとわかっていた。

せめて気づいているなら「行くな」って言って欲しいけれど
決して言わないのが彼だと思った。
私はこうして出て行くことを哀しいと思わなかった。
不思議と辛いとも思わなかった。涙も出なかった。
どうしてだろう?ヒデちゃんがいてくれたからだろうか?
もう私の求めている彼ではないからだろうか?
どうでもよかった。
逃げたかっただけだから……


夢を見ていた。確かに夢だったのかもしれない。
誰も手の届かない彼を手に入れた。
そんな気がして喜んでいただけなのかもしれない。
彼はきっとまた明日からなにも無かったように新しい生活を始めることだろう。
私と始めた時のようにその優しい笑顔で誰かを虜にして。


私はヒデちゃんに大きくうなづいて見せて靴を履いた。
背中を押すヒデちゃんの大きな手に感謝して。
カチャリとドアが閉まる音を私と彼、そしてヒデちゃんは
それぞれ違う想いで聞いていたに違いない。







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優しい関係 (連載6)

明日が彼の誕生日という日、チャイムが鳴った。

彼じゃない。彼なら鍵を開けて入ってくるはず。
立ち上がるのも面倒なほど私の意識は朦朧としていた。
何度もチャイムが鳴らされた。
わかっているけれど限界を超えた私の身体は
それに応えるだけの力が残されてはいなかった。
薄れていく意識の中でドアが開く音が聞こえた。

来てくれた。
そう思った瞬間私は意識を失いかけた。


「ユウコ!ユウコ!」

ヒデちゃん?どうして?

「おまえ、連絡しても全然居ないから心配しておばさんから鍵借りてきたんだぞ」

足音がリビングに近づいてくる。
ヒデちゃん……私は意識を失った。

「どうしたんだ!ユウコ」

私は抱きかかえるヒデちゃんの胸に力なく崩れていった。


気が付くと私はソファーに横たわっていた。
すぐ近くに人の気配を感じて力ない目を動かして彼の姿を探した。
見つかったのは唇を噛みしめたヒデちゃんだった。

「ヒデちゃん」

私は力なく笑った。

「何やってるんだよ。おまえは!どうしてこんなになるまで……」

ヒデちゃんは悔しそうに私を怒鳴りつけた。
握り締めたこぶしの先はきっと彼に向けられていたのだと思う。

「何があった?ヤツはどうしたんだ」

「待ってるの。明日ね、彼の誕生日なんだ。私ご馳走作らなきゃ」

私はすでに起き上がることもできない身体を腕で支えて
ソファーから下りようとしたが転げ落ちそうになって
ヒデちゃんの腕に助けられた。

「ばかやろう!」

ヒデちゃんは私をもう一度ソファーに横たえて言った。

「いつから来ないんだ?おまえをこんなになるまで放っておいて。
そんなヤツのために誕生日の支度なんて言うなよ」

「私が悪いの。私が悪いから、ね、私が悪いから……」

もう出ないほど泣いたはずの涙が次から次へと溢れて
私を抱きかかえたヒデちゃんのTシャツの胸を濡らした。

「ユウコ……」

愛しいもの、大事なものを抱くようにヒデちゃんは私を抱きしめ続けた。

「もう帰ろう、ユウコ」

「いや!ここから動いたら彼に会えなくなるもの。
明日は誕生日なんだもの。きっと来るもの。大丈夫よ私。
着替えをして新しい口紅も付けてあの人の好きな
おばあちゃんのカレーだって作らなきゃ・・・」

「ユウコ、来やしないよ。何があったのか知らないけどもう来やしないよ。
こんなになるまでユウコを放っておいたんだ。俺は許さない」

「ダメだよ、ヒデちゃん。彼を怒っちゃだめだよ。私が悪いんだもん。
私が……」

私は再び意識が薄れていくのを感じながら彼をかばって微笑んだ。
ヒデちゃんは私を力の限り抱きしめて悔しそうに言った。

「ユウコを本気で愛してるのは俺しかいない」

「愛してる?」

私はあの日の彼の囁きが耳に甦って無意識のうちに叫んでいた。

「いやーーーーーーーーーどうして愛してるなんて言うのよぉ」

「ユウコ?ユウコ?」

悲鳴にも近い私の叫びにヒデちゃんは驚いて私を揺さぶった。

「しっかりしろ!ユウコ。俺はおまえを裏切ったりしない。
ずっと側にいてやる。気まぐれにおまえを愛したりしない。
寂しさを埋めるためにおまえを抱いたりしないよ。ユウコ……」

ヒデちゃんは私と一緒に泣いてくれた。




「ヒデちゃん、疲れた……もう私、疲れちゃった」

「うん、うん。ユウコは間違ってなんかいないからな。
2年半アイツの側でしあわせだったんだよな?なら、それでいいよ。
でももう終わったんだ。アイツと始めた頃ユウコは、
『夢だって、これはきっとシャボン玉の中に入っちゃった夢を見てるんだって』言ったよな。
『シャボンはいつか弾けてしまう』って。弾けたんだよ。
アイツとの夢がたくさん入りすぎて弾けたんだ。
だからユウコのせいなんかじゃない。ユウコのせいなんかじゃないんだ。
夢は覚めたんだ。だから現実に返ってもう休め」

「ヒデちゃん。明日まで待って欲しい。明日彼が来なかったら
きっとヒデちゃんと帰るから。最後の夢見させて欲しい」

「ユウコ……」

ヒデちゃんは私を哀れんで見つめた。

「わかった。でも俺は帰らない。ここにいる。明日を見届けてから俺は帰る。
それでいいだろ?」

「ありがとう。ヒデちゃん……」

「ばかだな、ユウコは。ずっとずっと前から俺の知ってるユウコは馬鹿なんだ。
馬鹿なユウコをずっと見てきた俺はもっと馬鹿だな」

ヒデちゃんは私を抱きしめて笑って言った。


明日が来なければいい……私はヒデちゃんの温かな腕の中で思っていた。

                         つ づ く












泣かせてみました
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優しい関係 (連載5)

私はひとりの部屋へと帰っていった。
カギを開けて部屋に入ると彼の気配を感じた。けれど彼の姿は見えない。
もしかしたらと思って寝室のドアを開けてみた。
彼はあの初めて出会った日のようにぐっすりと眠っていた。
私はそっとベッドサイドに近寄って彼をみつめた。
あの日こうして初めて彼の寝顔をみつめたことを思い出していた。
彼が安心して眠ったあの夜、この人を愛しいと思ったあの夜、
ずべてが始まったあの夜。私は声を殺して泣いた。
彼を起こさないように奥歯を噛みしめて声を飲み込んで泣いた。
やっぱり失いたくない。どんな形にしろ私を思ってくれる瞬間が
彼の中にあるのなら、もうなにも望まない。
そう思ってただ声を殺して泣き続けた。


眠っているとばかり思っていた彼の指が私の頬をそっと撫ぜた。

「どうした?実家で何かあったのか?」

「ううん、ううん、何にも無いよ。何にも」

私は首を振って答えた。声にならない答えに彼は心配そうに私を覗き込んだ。

「最近、おかしいよ。なんか変だぞ、おまえ」

「うん、そうだった。私はたしかにおかしかった。
でも、もうわかったから大丈夫。
あなたが大切だってわかったからもう大丈夫」

私は正直に答えた。

「俺が大切なの?おまえにとって俺は大切な存在なんだ」

「そうよ、だからもっともっと側に居てほしかったの。
もっともっと私だけのあなたにしたかったの。
独り占めしてしまいたかった。だからね、いつもまでも変らないあなたに
イライラしたり当たったりしてしまったの。
でもね、今あなたの寝顔をみていて気づいたの。
あの日初めてあなたがここで眠った夜を思い出して
私はやっぱりあなたが必要だってきづいたの。ただそれだけでいいんだって」

「そうか・・・そうだったのか。気づいてやれなくてごめん。
俺はここが、おまえが必要だってずっと前から思っていた。
だからこのままでいいと思っていたんだ。
このままずっとこの生活が続けばいいと思ってた」

「ありがとう。私が欲張りになっただけ、何もかわらない。
このままあなたとふたり、何も変らない。そうよね」

「そうだよ」

彼は私の頬を手にひらで拭うと優しいキスをしてくれた。
今まで感じたことのないような優しい優しいキス。

「愛してる。」

はじめて彼の唇から洩れた言葉に私は耳を疑った。

「愛してるよ」

私は言葉が無かった。

「愛してる」繰り返される彼のささやきに私は冷めていく自分を感じた。
そんなことを言う彼は本当の彼ではないことを私はこの2年半で
よくわかっていた。
本心なのか女をつなぎ止めておくための彼の常套句なのか。
私はそんなことを言う彼は本当の彼ではないと直感した。
いつもの調子のマイペースな彼のほうが信じられるような気がした。
私が欲しいのは始めてあったときからの変らない彼。

「愛してる、愛してる、愛してる・・・」

自分に言い聞かせるように私を抱く彼を私は気が付いたら突き放していた。

「やめてぇ!どうして愛してるなんて言うのよ!」

「ど、どうしたの?」

「うそ!あなたは私を愛してなんかいない!
こうして私をつなぎ止めておくために呪文のように愛してるって
言葉を言っているだけ・・・」

「そんなことないよ。俺は本当に」

「うそ!じゃぁ、どうして私を隠しているの?
どうしてちゃんと約束してくれないの?
私はいつまでこうしていればいいの?」

私の想いのすべてが口からどんどん出ていった。

「おかしいよ、そんなこと今まで言ったことなんかなかったじゃないか。
俺たちうまくやってきたじゃないか。このままだって問題ないはずだよ。
今そう言ったじゃないか」

「ゲームならゲームのままでいさせて欲しかったのに愛してるなんて
うわべの言葉で私を惑わせないで……私はいつまでも若くはないもの
……いつまであなたとこうしていられるかわからないのに……
不安ばっかり抱えて歳を取っていくのはイヤだわ……」

「……そんなこと考えてたのか。じゃあ言うよ。俺は誰とも結婚はしない。
初めに言ったように今まで俺はひとりで生きてきたんだ。
誰かのためにとか誰かと寄り添ってとか、これからもするつもりはない」

「私は何?じゃぁ、なぜ私と2年半もこうして付き合ってきたの?」

「これだけは本当だ、おまえの側に居ると安心していられた。
心が休まったんだ。作り物じゃない俺のままで居られる
唯一の場所だったんだ。俺にとってはこれからも必要な場所なんだ。
でもそれ以上をおまえが望むのなら俺は応えてやれない。ごめん」

「変らない心があればいいのに……何も考えない私がいればいいのに……
このままあなたの側であなただけを待って暮らしていければ
それでいいと思える私がいればいいのに……」

私は壊れた心をどうする事もできずにただ泣きじゃくっていた。

「ごめん、俺はこういう人間なんだ。おまえがそう思うのならこれ以上は……」

「終わりにするっていうこと?」

「しかたないよ」

「もう何も望まないなんて私にはできない。あなたが欲しい……」

私は最後の力を振り絞って彼に告げた。


「ごめん」

ベッドから降りると私の髪をそっと撫ぜた。

「ごめん」


寝室から出て行く彼の後姿を見ないように私は顔を覆って泣いた。
彼が出て行く、足音が玄関に続く。靴をはく、ドアを開けて扉がしまる。
私は、裸足で彼の後を追って外に飛び出した。
でもそれ以上は、彼の背中が他人の顔をして私を拒絶していた。

私が悪い。私が悪い。私は自分を責めていた。私が悪い。

私はその日からただひたすら彼を待った。
待って、待って・・・何も食べずに少しも眠らずに電話にも出ずに
メールにも応答せずに彼が出て行ったあの瞬間のまま、
私はだたひたすら彼を待った。
何日たったのかわからないほど私はリビングのソファーに座って、
彼の出演しているビデオを回し続けて画面の中の笑顔の彼だけを見つめ続けて。
彼を待って壊れていった。


                           つ づ く










大急ぎで更新したので
誤字脱字を見つけた方は訂正コメント宜しくです。

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優しい関係 (連載4)

あれから2年という年月が流れていった。
長い間続いていた彼のドラマが今クールをもって最終章を迎える。
彼はこの春からの掛け持ちのドラマの撮影で大忙しの毎日を送っていた。
ここでも暇さえあれば眠ってばかりいた。
会えないことも手伝って私は抑えきれない寂しさを
彼にぶつけるようになっていた。たぶん彼は2年前と少しも変わっていない。
変わってしまったのは欲張りになった私の心。
あんなに満たされていたのに空洞だらけの心は
彼を求めて止まなくなってしまっていた。


「じゃぁどうすればいいんだよ。どうして欲しいわけ?」

彼があきれたように私に問いかける。

「……」

自分でもどうしたいのかなんてわからない……
いや、本当はわかってるはずなのに、言葉に出してはいけないことだって。
言ってしまったらすべてを無くしてしまう、そんな危うい関係。


「何が不満なのかな。俺はこのままで充分だよ」

「ごめんなさい。なんでも無いの」

私は、「何でもない」そう言い聞かせて心を宥めた。
そう、何でもないこと。
彼がここにいる、それだけで充分なはずだったことを思い出して。


彼は最後の撮影を終えるとサイドに流れる長い髪を切った。
今までの自分のイメージを払拭するかのような潔いほどの短髪に。
ヒゲも生やした。舞い込んで来るトーク番組に次から次に出演をして
面白おかしく自分の過去を喋り捲った。
私だけに話してくれた大切な秘密だとばかり思っていたのに、
彼は仮面を被ったまま自分の過去まで商売の道具にしようと言うのか。
生きていく糧の代償として。そんなことまで私はいちいち哀しがった。
彼がだんだん私を疎ましく思い始めていることには気づいていても
壊れかけた私の心は彼のすべてを求めることをやめなかった。


彼がトーク番組に出演すると必ずと言っていいほど聞かれていた。

「ご結婚は?」

決まり文句のような質問の答えに私は一喜一憂した。

「はい、考えてますよ。ちゃんと考えてます」

そう答えた夜、私は嬉しくて心が踊った。
きっと来てくれる、そう信じて彼のために好きな和食をたくさん用意して
待った。でも来てはくれなかった。電話もこなかった。
手を付けていないテーブルの料理をただぼんやりと眺めて彼を待った。


「ありませんねぇ。予定も無いです」

ある日を境に彼の答えは変わっていった。
もうすぐ彼の誕生日、二人で祝う2度目の誕生日。


そんなある夏の日。
私は地元の友人たちから『お祭りだから帰って来い!』という
嬉しいメールを貰ったのだった。
心が沈んでいた私は気分転換に実家に帰ることにした。
彼には『土、日と留守にします』とだけメールを入れて。
心のどこかで留守の間に彼が来るのではという期待を持っていたのだろうか、
いつもはそんなメールなどしたことなんかなかったのに。
彼からは『了解』という短い返事が来ただけだった。


土曜日の夜、年々地味になってく公園のグランドを一回りしながら
気のおけない学生時代からの友人たちとお祭りを見学した。
昔からの友人はどれだけ会わなくても何があっても私を暖かく迎えてくれる。
いつだって何も聞かずに昨日だって会っていたような調子で
仲間にいれてくれる。沈んでいた心に知らないうちに元気を注いでくれる。
私は綿菓子や焼きそばを食べながらいつもの私じゃない私を満喫していた。


二日目、恒例の花火大会が行なわれた。
夕方から降り続いた雨にも中止される
ことは無く盛大に夏の大空に大輪の花火が打ち上げられた。
私は幼馴染のヒデちゃんと公園の隅っこで冷たいかき氷に
きゃーきゃー言いながら花火を見ていた。
3歳からの親友のヒデちゃん。
私にとって彼は自分の人生を誰よりも知っている大事な人。
もしかしたら私自身より本当は彼のほうが
私を知っているんじゃないかと思うほど時間を、すべてを、共有してきた。
私は彼の前では裸の私でいられた。
怒っても泣いても大笑いしても、時にはしゃべらなくても許された。
彼も同じ。そんな時間を持つことが今の私には大切だった。
私は夏祭りに感謝した。


「なぁ〜ユウコ〜こっち戻って来いよぉ」

彼はいつものマッタリとした調子で突然切り出した。

「なんでぇ?」

「おばさんから聞いたぞぉ〜」

「なに?」

私はむっとして言った。

「19やハタチの小娘じゃないんだから、いい加減考えた方がいいってぇ」

ヒデちゃんはかき氷をグルグルかき回しながら言った。

「考えろって?」

私はかなりぶっきらぼうに答えた。

「いろいろ」

「なにぃ?いろいろってぇ!」

「帰って来いよぉ。帰ってきてちゃんとしたほうがいいよ」

「ちゃんとぉ?!自分だっていい歳して結婚もしないで、
自分こそちゃんとしたら!!!。おばさん、嘆いてたよ。
いつまで世話しなきゃなんないんだかって」

「うるせぇよ。お前のこと言ってんだよ、俺は」

「うるさいなぁ。花火見らんないじゃん」

「花火は来年も見られるけど、今のユウコは今しかないんだぞ」

珍しくヒデちゃんがしんみりとまじめな顔を私に向けた。

「……わかってるよ」

私もちゃんと答えた。

「わかればよろしい!!!」

いつものヒデちゃんがいた。

「ばぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜か」

私はヒデちゃんの心配が嬉しくておもいっきり大きな声で叫んだ。
ちょうど最後の花火が華麗に打ち上げられた瞬間で
私もヒデちゃんも何事も無かったような顔をして一緒に空を見上げた。


帰り道、ヒデちゃんがやっぱり突然切り出した。

「さっきの話だけど・・・」

「わかったって言ったじゃん」

「うん……でもな……」

「えっ?」

「もし、もしもな、帰りたくなったらひとりで泣いてないで俺に電話しろよ。
おまえはそういうところあるから。
なんでもひとりで頑張って解決しようとするとこあるじゃん。
いい加減、俺に頼れよ」

「な―にそれぇ―」

私はそんなこと言うヒデちゃんが可笑しくてただ本当に可笑しくてケラケラ笑った。
笑いながら泣いた。

「ありがとね、ヒデちゃん」


次の日ヒデちゃんは仕事をほったらかして私を駅まで送ってくれた。
たぶん帰ったらおじさんにゲンコツを食らわされると思う。
「いくつになってもこいつはぁ―――」って言うのがおじさんの口癖だから。


「ありがとね」

「何がだよ」

「送ってくれて」

「ああ」

「心配してくれて」

「ばぁかっ!」


私はささくれていた気持ちが少しだけ和らいだ気がして
帰りの電車の中でこれからどうするかなんてどうでもいいと思った。
このまま今までのように変わらずにやっていけばいいと思った。


でももう気づくのが遅かった。

一度走り出した心は自分でも容易に止めることはできなくなっていた。


                           つ づ く







長っ
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優しい関係 (連載3)

バイトからの帰り道、彼が来ているのかいないのか
半信半疑のまま朝食用のパンと切れかっていたコーヒーの豆を買うためにスーパーに立ち寄った。
ついでに彼のカップとタオルとビールを買った。
彼の朝の様子からするときっと来ている、そう思ったけれど
私とは違う世界に生きている彼の本当の姿は想像もできない。
もしかしたらもう2度と来ない人なのかもしれないと自分に言い聞かせながら
マンションの下まで急ぎ足で帰った。
見上げると5階の私の部屋に灯りが点っている。
窓際に映る人影は紛れも無く彼の姿だった。
エレベーターの扉が開くのを待つのももどかしいくらいに私の心は駆け出していた。

「ただいま」

「おかえり」

キッチンからカレーのニオイと彼の声が私を迎えてくれた。
洗面所で手を洗ってキッチンに入っていくと
彼は壁に吊るしてあった何枚かのエプロンのうち一番地味なエプロンを着け
おたまを持って鍋をクルクルかきかき回しながら笑顔で振り返った。


「おかえり」

「ただいま」


いつも無言のまま、たった一人で電気のスイッチを入れて
お湯を沸かして簡単な食事で済ませていたのに。
誰かがいて「おかえり」って言ってくれることがくずぐったかった。
暖かいのは空気だけじゃなくてきっと人が人を求める優しい気持ちのせいだって思った。
寄り添った心が小さな灯りを点けたんだってそんなふうに思えて嬉しかった。

「俺のカレーは、ばぁちゃん譲りなんだ。
一緒に住んでいた小さい頃によく作ってくれた思い出のカレーなんだよ」

「おばあちゃん?」

「そう、俺、子供のころ親が離婚してどっちも連れて行ってくれなかったから
 おじいちゃんとおばあちゃんに育てられたんだ。
 だから……今朝言ったように俺には甘えていい場所なんてどこにもないんだ。
 ずっとひとりで誰にも頼らないで生きてきた。
 本当のこと言うと昨日だってひと時の安らぎのために君と一緒に居たかっただけだった。
 でも君は違った。今まで付き合ってきた女とは違った。俺を特別扱いしなかった。
 今までみんな望んで俺に抱かれたがったけど君はそんなことの対象に俺をしなかった。
 ゆうべでよくわかったよ。寝てないんだろ?ゆうべ。
 ほんの少しだけ目が覚めた時ベットサイドに腰掛けて俺を見つめている君が見えたんだ。
 今までの俺だったら、きっと速攻でベッドに引っ張り込んでたはずなんだけど、
 優しい君の瞳を見ていたらそのまま眠ることを俺は選んでいた。
 なんだか安心したんだ。ここでは頑張らなくていいんだって心が感じたんだと思う。
 でもこれは俺のわがまま、君がイヤだと言うならもう来ないよ」

彼は一気に話した。

「イヤだったらスペアーキーを渡したりなんかしないわ。あなたが誰だって関係ない。
 私もあなたと居たいって心が感じたの。ゆうべ、あなたの寝顔を見ていたら
 優しい気持ちになれたの。疲れてるあなたを休ませてあげたいって思ったの。
 あなたと居たい、そう感じたの。だから居て。あなたが疲れた時ここに来て。
 それでかまわないから」


彼は子供のように大きくうなずくと思い出したようにカレーの鍋をかき回した。


「出来たよ。うまいぞ〜」

「うん、いいニオイ」

「ニオイだけじゃないよ。本当にうまいんだって。ほら、皿出して」


私は迷った末に普段使いのお皿を並べた。
だってお客さんの使うよそいきのお皿ではなんだか彼に失礼な気がしたんだもの。


「おいしぃ〜」

私は一口食べて思わず言った。本当に美味しかった。
彼が作ってくれたから美味しかったのか、ひとりじゃない食事がおいしかったのか
いや、彼が作ってくれたカレーが本当においしかったのだ。


「なっ!美味しいだろ?だから美味しいって言っただろ」

「うん、美味しい♪」

「ドンドン食えよ。いつもさぁ、作っても最後には食べきれなくて捨てたりしてたんだ。
 誰かが食べてくれるっていいよな。美味い!特に今日のは美味い」


彼のテンションはドンドン上がっていった。


その晩の彼は私の知っている彼とは打って変わって饒舌だった。
小さな頃の思い出、撮影の秘話、モデルの頃の話、初めてドラマに出た時の緊張感、
そして今まで付き合って来た女性の事。
私が買ってきたビールを飲みながら彼は吐き出すように話続けた。
私は何も言わなくてもよかった。そこにいて彼の話を聞いているだけでそれだけでよかった。
そうすることが彼にとって一番いいんだとわかっていたから。
彼もそれを望んでいたのだと思う。ひとり言のような告白は夜更けまで続いた。


座ったままウトウトしている私に彼が言った。

「もう寝ようか?」

「そうね、もうこんな時間だし、続きはこれからずっとゆっくり聞けるもの。
たくさん、たくさん聞けるものね。あのね、先にお風呂に入って。
私はここを片付けてからにするから」

「そうするよ。。。へへへ来る?あとから」

「行きません!!!」

「冗談だよ。君はゆうべ寝て無いんだから今夜はちゃんと寝ないとだめだよ」

そう言いながら彼は私をちょっとだけ抱きしめた。

「今はこれで充分だよ。今の俺にとってはね」

嬉しかった。。。

私は彼の脱ぎ捨てたTシャツを抱きしめて

「私はこれで充分です」

ひとりで呟いてみた。心が満たされた瞬間だった。


彼と入れ替わりにお風呂に入って髪を乾かしてバスルームから出てくると
すでに彼はベッドに入って眠っていた。
ゆうべと違うのは彼が壁際に寄って眠っていたこと。
私のスペースが彼の隣に当たり前のようにあるということ。
ただそれだけのことがこんなにも私を幸せにしてくれた。


彼は人のためにいつも頑張ってきた。
自分が生きていくために頑張ってきた。
だから周りの人にも大事にされてきた。
でもそれは偽りの彼に対する仕事の範囲のようなもの。
本当の彼は誰かに無償で何かをして貰ったことがあるんだろうか?
本当の彼は誰かのために無償で何かをしたことがあるんだろうか?
芸名じゃない素顔の彼を本気で愛した人はいるのだろうか。
彼の寝顔に問いかけてみた。

恋しかった人の温もり……そして私も静かに眠りに落ちていった。
                          




隣に彼の気配を感じて私は目が覚めた。


「おはよう」

「おはよ」

「いいね。なんだかこういうのっていいよね」


私は恥ずかしくて火照った頬を知られないようにタオルケットを鼻先まで引き上げた。
差し出してくれた腕にそっと頭を乗せると彼は軽く身体を捻って閉じたままの私の瞼にキスをした。

一瞬だけの優しい温度に素直になっていく私。
私は彼の陽にやけた胸に指を這わせて「好き」となぞって唇で消してみた。
重なった想いは苦しいくらいにふたりを近づけた。
パジャマのボタンを外していくあなたの指先がもどかしいくらいに震えていて、
私の目尻からはなぜだかわからないけれど一筋の涙がこぼれていた。
なにもかも知り尽くした大人同士のはずなのにまるで初めて恋をした少年と少女のような彼と私。
ブラインドの隙間から射す日差しに時々現実を感じそうになって急いであなたの胸に顔を埋めた。


あの日から彼は時々疲れた羽を休めに隠れ家のような私の部屋にやってきた。
時にはただひたすら眠っていたり、時にはご機嫌よくカレーを煮込んでいたり、
時にはふたりでベランダに出てお茶を飲みながらとり止めの無い話に興じたり。
そして時には何かから逃れるように私を抱いた……
すべてはこの部屋だけが知っているふたりだけの時間、大切な大切なふたりだけの時間。






……なのに繰り返される時の流れの中でいつの間にか私の心は
彼がそこにいる幸せを感じることに麻痺していってしまった。

  
  「時は人を欲張りにしてしまう」そんな予感に私は怯え始めていた。 

                            


                            つ づ く 










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優しい関係 (連載2)

迷う。。。あんなに素敵な彼がここにいる。
今だけだってわかってるからそれも良しとしようか。
迷う……きっと気まぐれなんだろうな。
彼にとってこんなこと当たり前なんだよね。
迷う……この期に及んでジタバタしてもしかたないよな。
えぇぇぇ―――――い!なるようになれ!

バスルームに消える私を彼が一瞬振り向いて見たような気がした。
気のせいか?彼は相変わらずベランダのフェンスにもたれて
仰向けになってビールを飲んでいた。
あの調子だとたぶん私が出てくるまでに3本目を手をしているはず。


シャワーから出た私は彼の姿が見えないことに気が付いた。

「あの……」

彼の姿が見えない。どこ?どこ行っちゃったの?

もしかしたら……私はベッドルームのドアをそっと開けてみた。


「「「「寝てるよぉっ!」」」」


いびきかいて寝てましたぁ。


ガッカリなんだかホッとなんだか。

私は彼の胸元までタオルケットをかけてからパジャマを出して着替えた。
それにしてもなんでタオル巻いてるんだか私。期待してたのか、やっぱり。

そのまま私はまんじりともせず夜明けを待った。
彼の綺麗な寝顔を見つめながら。
まつげ長っ!ブラウン管からは見取ることが出来なかったおでこの傷、
眉尻の傷、昔はやんちゃだったと噂の彼だから、
そんな傷跡もなんだか愛しくなって彼が眼を覚まさないように
そっと唇を寄せてみた。
疲れているんだろうな、こんなにも気持ちよさそうに眠ってる。
私はそのままベッドのわきにもたれて彼を見つめながら
明けていく窓の外の気配を感じていた。


‘そうか、このままテレビ局に行くって言ってたから……’


私は思い立ってTシャツとロングのフレアースカートに着替えると
下のコンビニへと急いだ。

歯ブラシ、剃刀、そして靴下、下着、朝食用のパンとヨーグルト。
私は手当り次第カゴに入れた。
顔馴染みの店員さんの笑顔がちょっといつもと違うように見えたのは
私の気のせい?

部屋に戻った私はコーヒーを淹れた。
眠っている彼に届くようにとベッドルームのドアを薄く開けて
香りを流してみた。
何て言って起こしたらいいのか躊躇してしまったのである。

案の定彼は、モゾモゾと起き上がってきた。

「おはよ。寝ちゃったんだ、俺」

「うん、なんかそうみたい」

「悪かったね」

「ううん、よく寝てた。疲れてたんだね、本当は」

彼はフッと寂しい笑いを洩らした。

「まぁね。でも頑張らないといけないんだ俺は。応援してくれるファンのみんなや
スタッフのためにも頑張らないとね」

あまりに突然の彼の本音に私は不覚にも涙をこぼしてしまった。

「ごめん、ごめんね。そんなつもりじゃなかったんだ。
でもここはなんだか暖かくて君に甘えたくなっちゃたんだな。
こんなこと初めてだよ。友達もたくさんいる。
スタッフだってファンだってみんないい人ばっかりで……だからさ、
なおさら疲れたなんて言えやしないんだ。
俺は甘えていい場所なんて小さい頃から持ってなかったから
頑張って頑張ってひとりで走ってきた。
どうして君には自然な俺が見せられたのか自分でも不思議だよ。
でも君には迷惑かけられないよな。
シャワーを浴びてコーヒーを飲んだら行くよ」

「いいよ、私でいいなら甘えていいよ。つらくなったら来ていいから」

私は自分でも知らないうちに一生懸命に彼に言っていた。

彼は今まで感じたことの無い安らぎと安堵を感じていた。
昨日あったばかりの、何時間かしか話していない
ましてや送り狼目当ての出会いがこんなふうに変わってしまうとは
彼自身も私自身も想像すらしなかったはずである。

お互いに言葉が出ない。私はただうつむいてコーヒーカップを握り締め、
彼は良く晴れた窓の外を眺めているだけ。

「今日どっか行く?」

「うん、バイト」

「何時まで?」

「えっ?、8時ごろまで」

「そうなんだ。じゃあ俺のほうが早いな。俺夕飯作っといてやるよ。
結構うまいんだよ、俺のカレー」

「いいの?帰らなくて」

「いいんだ、少しゆっくりしたいんだ。でもひとりで寛ぐのとは違う
優しい時間がほしい。君といたいんだ」

彼は真っ直ぐに私の目を見て言った。

「うん」

私は何も言えなくてただ頷いて見せた。

「ありがとう」

笑顔の彼はシャワールームへと消えていった。

その背中に私はなるべく元気な声で言った。

「ごめんね。私もう出かけるから……あのね、カギ、部屋のカギ、
あなたのカギ、ここに置いて行くね」

彼はドアの隙間から顔だけ出して

「ありがとう」

照れくさそうに叫んだ。
そして彼の透き通った綺麗な声が流行の歌を口ずさみ始めた。


何かが始まる。

私は買ったばかりのサンダルを履きながらひとりじゃない現実を
噛みしめていた。慣れない一人暮らし、東京の喧騒の中、
彼以上に安らぎたかったのは私だったのかもしれない。

夢のような現実の始まり。シャボン玉のような空間に迷いこんだふたり。

夢はいつかは覚める、シャボンはいつかははじける、
そんな簡単なことさえ気づかない思いつきのような恋の始まり。
優しい時間だけが流れていく。
そんな場所を見つけた彼は私が用意したサンドイッチを食べ、
私が淹れたコーヒーを飲み干し、まだ新しいスペアーキーを手に
安心したような笑顔で出かけて行ったに違いない。



       「ただいま」

           「おかえり」



そんな簡単な温かい言葉を期待しながら。


                        つ づ く











とりあえず更新してますので
誤字脱字、見つけた方は是非お知らせくださいませ(^^v

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優しい関係 (連載1)

彼と出会ったのはある業界でのパーティだった。
遠目に見ても彼のまわりには輝かしいオーラが広がって、
集まった女たちはみんな彼の端整な顔立ちとスタイルの良さに
釘付けになっていた。そういう私も御多分に洩れず人ごみの間から
彼を見つめたまま立ち尽くしていた。

<どうしてあんなに綺麗な顔なんだろう男のくせに>

彼は着飾った女たちよりも飾られたテーブルの花よりも
シャンデリアの煌めきよりもずっとずっと華やかで美しかった。



ふと気がつくと私は車の助手席のシートに身を任せていた。
なぜ?誰?
恐る恐る運転席に眼を向けるとそこには彼がいた。
彼?えっ?さっきまで眩いばかりに輝くオーラを放っていたあの彼が
運転しているではないか。
車の屋根に頭をぶつけそうになるくらいビックリして
飛び上がらんばかりの私に彼は笑顔を向けた。

‘まっ、まぶしいぃぃぃ’

「目、覚めた?」

「はい。覚め過ぎました。いえ、まだ夢見てるのかも」

「はははぁ〜」

「あの、大丈夫なんですか?」心配そうにオドオドと私は聞いた。

「大丈夫!大丈夫!今夜はあんまり飲んでないし」

「いえ、そうじゃなくてパーティまだ……」

「いいんだよ。退屈だったしね。ありがとうね。誘ってくれて」

「さ、さ、誘ってくれてって?」

「あれ?覚えてないのか。君が酔っ払って『送って行って』って迫ったんだろ。
で、俺が言った『保障はしないよ。今夜は満月、狼に変身するかもな』ってね」

「そしたら?」

「君が言ったんだよ。『狼なんか怖くないもん』ってね」

「……」

「言ったんだよ!!!だからこうしているんだろ」

「はぁ、はい。言われてみればそんなようなぁ」

「で、どうするの?」

「どうするって、あの〜うちに……」

「君の家でいいの?」

「もう近くですから。そこで」


都内のマンションに住んでいた私は彼が家まで送ってくれるのだとばかり
思っていた。「どうするの?」ってそういう意味ですよねぇ、普通は。
私のマンションに到着すると彼は当たり前のように言った。

「車この辺で平気だね。朝まで置いといても」

「朝ぁ〜〜〜???」

私はうろたえて叫んだ。

「うん、だってここから局に行ったほうが早いもん。明日早いし」

彼は当たり前のように平然と言ってのけた。

「だめですよ。写真撮られたりしたらどうするんですか。困ります」

彼は秘密を隠したような含み笑いのまま私の背中を押した。

「何階?」

「ご、五階です。でもあの」

「私の家って言ったよね?」

「はい」

「じゃあ、さっさと上がるっ!!ホラ!こんなとこにいると写真撮られちゃうよ」

冗談交じりに彼が笑って言った。

「う〜ん、もうぉ。わかりましたぁ」

なんであんなに素敵な彼がここにいてこんな駄々をこねているのか
わけがわからない。それも私なんかに。
最後には、もうどうなってもいいかな〜なんて思っちゃうくらい
後光が射してるあなたの笑顔に負けてしまったのだ。



「おっ!いい部屋じゃん」

「見ないで下さい!」

「見ないわけにはいかないよ(笑)見えちゃうんだから。それとも電気消す?」

「見てもいいです!」

憮然として私は言った。この人こんなキャラだったのかしら・・・

オーラ消えてるしな。そっくりさんか?
先週のドラマの台詞のひとつでも言ってもらおうか。

「ビールある?飲み足りなかったよ、さっき」

私は冷蔵庫から昨日から冷やしておいたバドワイザーをビンのまま差し出した。
グラスに注ぐことなく彼は一口飲んで

「うまい!やっぱりビールはビンが一番だよ。気が合うね」

と嬉しそうに言った。

別に気が合うわけじゃないと思う。
たまたま来た友人が昨日置いていっただけの残りだし
でも私はあまりにも彼がビールを美味しそうに飲み干したので
そんな意地悪は言えなくなってしまった。

彼は立ち上がるとキッチンに入ってきた。

「な、何?」

後ずさりする私を可笑しそうに横目で見て冷蔵庫を開けた。

「ビール。もう1本貰うよ」

余裕の微笑み。

「う、うん。どうぞ」

ビビリまくる私に彼がとうとう言った。

「シャワー先にいいよ」

‘あ〜〜〜〜言っちゃたよ!’

「先にいいよ」


軽く言い放つと彼はベランダに出てビールを美味しそうに飲んでいた。













へタれな連載小説ですが
ずっと前に書いたのを小出しにします。
読んだことのある人はごめんなんさい。

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「東吾の縁談」……御宿かわせみ

東吾がかわせみに顔を出したのは夜もすっかり更けてからであった。

いつもなら東吾の来訪を飛び上がらんばかりに
喜んで迎える、るいであったが
その晩のるいは、すこぶる機嫌が悪かった。

昼間、「紋付を着て出掛けていく東吾を見た」と
女中頭のお吉が言ったのに付け加えて
岡っぴきの長助が「東吾は今日は兄嫁の実家へ祝い事の届け物に行った」と
言っていたのを耳にして心中穏やかではなかったのである。

兄、道之進の嫁の香苗の実家である麻生家には
まだ独り者の妹、七重がいることをるいは気にしていた。
兄の神林家には子供がいない。
跡取りは東吾だと兄は決めているようだが
兄嫁の実家の麻生家では、ならば東吾と妹の七重を夫婦にして
一人目を神林家の養子として跡を取らせ
二人目を麻生家の跡取りとしたらどうかと考えていた。
東吾にしてはそのような話を受ける気は毛頭無かったが
武家の社会の決め事を「いやだ」という一言で決めることなどできないことは
元同心の娘である、るいにはわかっていた。

きっと今日もその話が出たに違いないとるいは独り心を痛めていた。
その裏返しでるいは、せっかく顔を出した東吾に
そっけない態度をとってしまっていたのである

東吾はそんなことはお構い無しに窮屈な紋付を脱ぎ捨て
るいがかまわぬので、代わりに世話を焼いてお吉が出してきた浴衣に
袖を通した。

「お吉、東吾様はすぐにお帰りになるんだから
そんなものを着せてはいけません」

「俺は帰らねぇよ」

「今日は麻生様にお使いに出たのでしょ。兄上様がお待ちではないのですか」

「だから帰らねぇんだよ」

東吾は騙されたような形で麻生家へ使いに出されたことに腹を立てていた。
兄が出席できないので代わりに麻生の義父の還暦祝いの品を届けて来いと
いう使いであったが、行ってみたら結局七重との縁談の返事の催促であった。
東吾は兄の義父であることもあって無下に帰ってくることも出来ず
酒をよばれ話し相手になってはきたが、どうしても腹の虫が収まらず
たぶん弟の帰りを待ちわびているであろう兄の所へは真っ直ぐに帰る気には
なれなかった。

「いけませんって。兄上様のお使いならきちんとお帰りになって
 ご報告をなさらないと・・・・・・」

「うるさい。るいは俺がいたら迷惑なのか」

「そんなこと」

るいは、いつもの様子と違う東吾に驚いて口をつぐんだ。

「大きな声を出して悪かった。しかし俺は今夜は帰らないつもりだ」

「それでは姉上さまもご心配なさいます。もしも麻生家に使いが出されて
 東吾様はもうお帰りになられたとわかったら」

「かまわない。だから俺は帰らないんだ。るいのことも何もかも
 もうわかってしまったほうが俺は楽だ。これ以上は・・・・・・」

東吾は麻生家への返事をとりあえず先延ばしに来たことが
自分に対して腹立たしかった。
隠している、るいとのことをおおっぴらにも出来ず
兄の言うことに逆らえも出来ない自分にも腹が立っていた。
ならばいっそ周知のこととなればそのほうがいいのだと
自棄を起こしかけていたのである。
自分が帰らねばたぶん心配して兄は麻生家へ使いを出すであろう。
すでに帰ったとあれば、ならばどこへ行ったのだと捜させもするだろう。
そうすればきっとかわせみにたどり着く。
兄へのせめても抵抗であった。

東吾はるいの部屋でごろんと横になると手枕で不貞寝と決め込んだ。
そうなればるいは、もう何も言えない。
黙ってそっと東吾の頭を膝に乗せてこの先のことをボーっと思うだけであった。


翌朝、親友である同心の源三郎がかわせみを訪ねてきた。
やはり神林家から麻生家へと使いが出され、
応対に出た七重が思わず「源三郎のところへ寄ると行って夜更けて
帰っていった」と答えたというのだ。
そして今朝、神林家から畝(ウネ)源三郎のところへとお尋ねがあったと言うのだ。
何かあると直感した源三郎は、それは男同士のこと
「東吾さんはまだ酔って寝ている」と答えておいたと言うのだ。
それを朝一番で東吾に知らせ源三郎は口裏を合わせようとしたのであった。

「余計なことを……」

東吾は心の中で舌打ちをした。

そんな小細工は不要であったのにとまずは七重を恨んだ。
女伊達らに嘘をついて東吾をかばったつもりであろうが
東吾は女の小利口は好かないと思った。
源三郎にしても「来てはいない」と何故言わなかったのか、
いつもなら感謝するであろう心遣いが鬱陶しかった。
心の底に七重との縁談が燻っていたせいであろう。

東吾は源三郎に一応礼を言って帰すと
屋敷には戻らず昼を過ぎてもぐずぐずとかわせみに居座っていた。



「お嬢様、神林の奥方様がお見えになりました」

お吉が大慌てで転げるように知らせに来た。
さすがの東吾も驚いて思わず立ち上がった。

「なに?姉上が」

るいはどうしたものかとオロオロするばかりであった。

香苗は番頭の嘉助に案内されて座敷へとすでに向かっていた。

「義姉上・・・・・・」

香苗が座敷に通されるとるいは東吾から少し離れてやや後ろに座った。

「東吾さん、お兄様がご心配なされております」

香苗の声は言葉とは裏腹に優しかった。

東吾は返事に窮していた。

「どうして姉上がかわせみに」

そういうのが精一杯であった。

「私は知っておりました。東吾さんとるいさんのことは前から
 知っていたのです。ただお兄様はまだご存知ありませんけど。
 ねぇ、東吾さん。私はあなた達の味方ですから
 どうぞ無茶はなさいませんように。もう少し時間をかけて
 きっとお兄様には私からお話致しますから。
 そして麻生の家にも七重との事はあきらめるように説得致します。
 七重は私が道之進様に嫁いだ時から東吾さんをお慕いしておりました。
 それで父もその気になったのだと思います。
 私も初めはそうなってくださったら良いと望んでおりました。
 でもるいさんとのことを知ってしまいました今は
 やはり東吾さんはるいさんと添うのが一番いいのだと思っています。
 私も自分のお慕いする道之進様と夫婦になれて幸せでございます。
 ですから東吾さんとるいさんも想い合っている同士のおふたりが
 結ばれること、それが望ましいことですもの。
 七重には可哀相な事ですけど東吾さんを好きならあきらめなさいと
 言ってやります。ですからどうか今は私と一緒にお帰りになって。
 畝様のところへ泊まったということに致しましょう」

るいは義姉の気持ちが嬉しかった。
本来ならば日陰の身である自分を認めてくれ、力になってくれると言う。
しかし心強い味方を得たようで嬉しい反面
迷惑をかけている自分の存在が悲しかった。

東吾が黙って立ち上がり隣の部屋と入って行くと
心得たるいは乱れ箱を持って後に続いた。

昨夜無造作に脱いだ紋付をるいの手助けで東吾は身に着けた。

「姉上、ご造作をお掛けしてすみませんでした」

東吾は義姉に神妙に手をついた。

るいは黙って東吾の後ろで手をついた。
発する言葉が見つからず情けなくて涙を堪えるのに必死であった。
そんなるいに香苗は声をかけた。

「るいさん、もう少し辛抱してくださいね。
 東吾さんと添えるように尽力致しますから」

温かな声であった。


「もったいない」

るいは驚いて再び畳みに手をついた。

「るい、俺の思慮の無さに騒ぎを大きくしてすまなかった。
 今日は姉上と帰るがまた来る」

そう言うとるいがさし出した大小を腰に差して出て行った。



どうしよう・・・・・・どうしよう・・・・・・

るいの心は千々に乱れた。

東吾が妻を迎える時には自分は身を引くつもりでいたのに
自分の思惑とは違う方向に動き出していく将来が
この先どうなっていくのか、るいには恐ろしかった。







長くてゴメンよ〜(^^;
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待っててね。

只今、時代小説「御宿かわせみ」のパクリ二次小説を
執筆中につき少々お待ちくださいませ。

東吾とるいの幾多の障害を乗り越えて
線路は続くよどこまでの如く続く愛。

ぽぽっぽ〜ぽっぽぽぽぽぽぽぽぽぽっぽ〜

あ、これじゃ鼠先輩だわ(爆)


今回はどんな壁を乗り越えるやら。

では近いうち。






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作家・舞(まい)です。

Author:作家・舞(まい)です。
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